裏っかわー1ー

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ガタンっ 内側から鍵が掛かっている。 鐘里(しゅり)は、がらんとした店先に立ち尽くした。 どういうことだろう。 彼はどこにも行っていない。 だけど此処には居ない。 混乱した頭で、無意識に鍵を開けて軋むガラス戸を開けた。 サー、サー、サー… 辺りを支配する絶え間ない雨の音を聞いていると、どこからともなく湧き上がってきた寂しさが、喉の奥を鋭く突き刺してきた。 誰も、居ない。 無い、無い、無い。 そんなに彼は、自分のことが嫌いだったのだろうか。 独り、置いてきぼりにして消えてしまう程。 街灯に照らされて出来た垂れ柳の細い影が、ぼぅとした脳内に、初めて出会ったあの日のことを思い出させる。 水溜まりに落ちた雫が跳ねて、頬に飛んだ。 それは涙のように頬を伝い、やがて、乾いて消えていった。 ブルブルと頭を振る。 いけない。 このままでは、マイナススパイラルまっしぐらだ。 理由は兎も角、()ずは探さねば。 彼を責め立てるのは、それからでいい。 だって、わたしは妻なんだから。 オーと小さく拳を振り上げると、パチンと両頬を掌で叩き、傘立てにささっていた、いつのものかも誰のものかも分からぬ傘をさして、外へと一歩を踏み出した。 べちゃべちゃと、ぬかるんだ川辺を歩く。 つっかけはすぐに泥水にまみれ、着物の裾はみるみる黒く染まった。 骨が折れていて古い傘は、ちょっとの風で簡単に裏返り、腰まである長い黒髪が徐々にしっとりと濡れそぼっていく。 何時(いつ)もより早い鱗川の流れを耳に捉えながら、鐘里(しゅり)は石段に足を掛けた。 橋を渡った少し向こうの隣町に、彼の実家ーー希代子(きよこ)の住む家がある。 もしかしたら、彼女なら何か知っているかもしれない。 雨に濡れ、真黒に変色した見慣れた石段を上る。 ーー自分の意思で出て行ったんじゃなかったら、拐われたのかしら。 一歩、又、一歩。 ーーでも、鍵は開いていなかったし。 まさか、いわゆる神隠し? もう一歩、上の段に足を掛ける。 ーーいや、神隠しなんて、昔話の世界のこと。 一歩、一歩、あと少しで頂上だ。 ーーじゃあ、夜逃げ?経営が行き詰まっての、夜逃げ!? そして、目の前に朱塗りの鳥居が見え、最後の一段を踏みしめようとした時。 スコン、と。 足場が消えた。 …ような、気がした。
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