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裏っかわー2ー
サワサワサワ
サワサワサワ
沢山のヒトの気配がする。
例えば結婚式が始まる前とか、先生のいない自習時間とか、そんな雰囲気だ。
戻りつつある意識の中で、うっすら開いた目に射し込んできた光は、見たことのある山吹色。
そこに、小さいけれど色んな会話が聞こえて…あれ?
おかしい。
確かに話し声なのだが、内容が全く入ってこない。
姿の見えぬ彼らがどんな会話をしているのか、よくよく耳を澄ます。
サワサワサワ
サワサワサワ
その音は聞けば聞くほど、幅広の柔布のように全身にグルグル巻き付いてきて、実体があるわけではないのに、喉をキュウと締め上げられるような感覚に陥った。
空気が薄くなり、反射的に目を見開こうとしたその時。
「大正メトロへようこそ!」
ハッキリとした台詞が頭上から聞こえてきた。
「お務め、ご苦労様でやんす」
完全に意識が戻った。
雨が止んでいる。
鱗川の音が聞こえない。
そもそも、外じゃない。
山吹色に明るいどこぞの室内で、湿気を含んだ床板の上に、自分は今、座りこんでいる。
頬をつねってみる。
…痛い。
石段で足を滑らせ、頭でも打ったのかと思ったが、一応自分は通常運行らしい。
じゃあ今が現実なら、新が居なくなった事の方が夢だったのだろうか。
されど己の姿を見下ろすと、泥だらけの着物、濡れそぼった黒髪。
夢の割には、今しがたまで雨に降られていた痕跡が、しっかりと残っている。
「姐さん、姐さん」
再び聞こえてきた声。
それはよく聞くと、なんか妙に胡散臭い。
「考え事でやんすか」
少々呆れを含んだ物言いに、鐘里はようやく顔を上げた。
「奥の部屋へどうぞ、ご案内いたしやす」
「………」
ウォッ
声にならない雄叫びを上げ、鐘里は顔面を強ばらせて時を止めた。
頭を垂れて考える。
何か今、釈台のような木箱の向こう側で、河童みたいなのが喋っていなかったか?
今度は両手で、両頬をキツくつねってみる。
「いひゃい…」
もしかしたら気のせいかもしれない。
色々一気にありすぎて混乱してるのだ、きっと。
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