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「チャイニーズめ――」 父は口癖のようにそう言っていた。 中国人の何がそんなに彼の気に障ったのかは知らない。 私が知っていたのは、どうやら父の職場の工場には数人外国籍の人間がいるらしいということと、近所で夜中に爆竹を鳴らす迷惑な輩の正体を父が彼らだと断定しているらしいことくらいだ。 決して身内贔屓などではなく、父はそう理不尽な人間ではなかったと思う。 取り立てて気性が荒いというわけでもなく、常に理性的だった。 どちらかと言えば無口で穏やかな人間だ。 分かりづらくはあったが、基本的には『優しい』や『正しい』に分類される部類だと私は認識していた。 それだけに彼の口癖は幼少期から私の耳についた。 あからさまに他人を非難する内容でありながら何の根拠も持たない、ただの理不尽な人種差別的発言に聞こえたからだ。 仮に本当に彼の職場の中国人に問題があったとしても、それを根拠として『チャイニーズ』一括りを罵るのはあまりにも短絡的である。 爆竹の一件にしても父が現場をおさえたわけではなく、夜中の騒音に舌打ちしては忌々しげに呟かれる『チャイニーズめ』はただの推測に他ならなかった。 中学生になったばかりの頃に、私は初めて父に意見した。 「あの爆竹が本当に中国人の仕業だって言い切れるの?」 差別的な物言いは止めろよ、という直接的な言い方は出来なかった。
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