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「あの町に、一度戻らないか?」
その一言に、蛍は動きをぴたりと止める。
「どうしていきなり。嫌よ。あたし、お母さんと不仲なんだもの。」
「知ってる。だから、無理に実家に帰れって言ってる訳じゃない。何なら俺の実家に泊まればいい」
「もう、なんなのよいきなり…。別に今更、用事もないんだし…。実家に帰るなら、一人でどうぞ?」
「違うんだ、聞いてよ蛍」
「何」
「そろそろ、記憶に決着…つけた方がいいんじゃないか」
蛍の背を、冷たい汗が伝う。明らかに動揺していた。
蛍は、亮平にそれを気付かれないよう、冷静を装った。
「…そんなの亮平に関係ないでしょう。それに。"彼"の情報を何一つ教えてくれない亮平も亮平よ。あんたが教えてくれさえすれば、ちょっとくらい思い出すかもしれないのに。あんた勝手なのよ」
「ごめん。それは、"彼"に口止めされてるんだって。」
亮平は済まなそうに言った。
「だから、何なのよそれ…。訳わからない」
冷静さを保てなくなり、蛍は苛立たしげに言い捨てた。
「とにかくあたし、行かないからね」
バッグを拾い上げ、玄関を出て、すたすたと蛍は歩き出す。後ろから、慌てて亮平が追いかける。
「待てよ、どこ行くんだよ」
「帰る」
「さっき来たばかりだろ」
「うっさい」
「機嫌損ねたのなら謝るよ」
「…」
蛍は、足を止めた。そして、振り返り、亮平を睨み付けた。
「ねえ亮平。ひとつ聞いてもいい?」
「え?」
「そこへ行けば、"本当に"記憶を取り戻せるの?」
亮平は、すぐに頷くことができなかった。
「きっと…、きっと戻るよ…」
「じゃあ、」
蛍は、一段と強い声で尋ねた。
「"彼"には、会うことができるの?」
「それは…っ」
亮平の表情が曇る。
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