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――ああ、相当混乱してるのだな。
可哀相に。
そうさせたのは自分だ。
しかし、妻の普段とは違う言動も、今の夫には何の影響ももたらさない。
来た時と同じように大股で玄関口へ向かった慎は靴の踵を潰しかねない勢いで履き、飛び出した。
あなた、という声。これは妻だ。
おとうさん、と幻聴のように背中から追いかける声。これは息子だ。
ふたりの家族を置き去りにし、彼は走る、走る。
駆け出さずにはいられなかった。
普段何も運動らしいことはしていないのだから、手も足も心臓も、理不尽な扱いを受けて不平を鳴らす。
私の身体はこんなに重いのか。
足は動かず、手もばたばたと見苦しく、息は枯れて鞴が鳴いているようだ。
かつて、武が恋する女を追って軽やかに四肢を駆使し、駆け抜けた姿とは雲泥の差、月とすっぽんだ。
すれ違うもの皆が彼をあざけり、呆れ返って見ているようにしか思えない。
それがどうした!
愛しい者を手に入れる、何が何でも!
家族を苦しめるのがわかっていてもどうすることもできない。
なぜなら、もう、茉莉花も慎にとってはもうひとつの家族なのだ。
何が何でも手に入れる。
妻子を泣かせても、私はお前たちが欲しい。
誰一人欠けることなく!
振り仰いだ空は、上空から見える蒼天のようで、鮮やかなコバルトブルーをしていた。
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