第1章

5/9
前へ
/9ページ
次へ
そこへ、風が吹いて干した布を翻した。慎は振り仰ぐ。そこにあるのは晒の布だ。赤ん坊が使う、赤ん坊しか使えない。 茉莉花は小さくあっと声を上げた。 あれが答えだと言うように顎をしゃくって慎は言う。 「会わせてくれ」 「おっしゃっている意味がよくわからない」 「ここで大声を上げていいのか」 「脅すつもり?」 慎は頭を振った。 「何故君は強情なんだ」 私が、君の声に気付けないとでも? 今だって。私に向かって何度も呼びかけている。「助けて」とさっきから訴えているじゃないか。 何故なんだ。 その時、家の中から微かな声がした。 咄嗟にふたりは家の方を見た。 懐かしさを伴う赤ん坊の泣き声だ。母親を呼んでいる。 「政だ……」 口元がほころんだ。悦びを伴った温かな感情は心を動かす。 「泣き方が政にそっくりだ、あの声は、男の子だ! 私の子だ、そうなんだろう?」 慎は彼女の肩を掴んだ。 「会わせてくれ! 頼む、茉莉花!」 会いたい!! 覗き込んだ顔を真正面から受けて、彼女は明らかに動揺した。 心が動く、彼女の心が、本心が開こうとする。 そうだ、私たちはいがみ合うのではなく、愛し合いたい。だから、信じてくれ!! 茉莉花のわななく口元から言葉が出てくるのを待った。 が、彼女の瞳に浮かんだのは恐れだった。 「帰って。帰って下さい」 一瞬、茉莉花の肩を掴む手の力が抜けた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加