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そこへ、風が吹いて干した布を翻した。慎は振り仰ぐ。そこにあるのは晒の布だ。赤ん坊が使う、赤ん坊しか使えない。
茉莉花は小さくあっと声を上げた。
あれが答えだと言うように顎をしゃくって慎は言う。
「会わせてくれ」
「おっしゃっている意味がよくわからない」
「ここで大声を上げていいのか」
「脅すつもり?」
慎は頭を振った。
「何故君は強情なんだ」
私が、君の声に気付けないとでも?
今だって。私に向かって何度も呼びかけている。「助けて」とさっきから訴えているじゃないか。
何故なんだ。
その時、家の中から微かな声がした。
咄嗟にふたりは家の方を見た。
懐かしさを伴う赤ん坊の泣き声だ。母親を呼んでいる。
「政だ……」
口元がほころんだ。悦びを伴った温かな感情は心を動かす。
「泣き方が政にそっくりだ、あの声は、男の子だ! 私の子だ、そうなんだろう?」
慎は彼女の肩を掴んだ。
「会わせてくれ! 頼む、茉莉花!」
会いたい!!
覗き込んだ顔を真正面から受けて、彼女は明らかに動揺した。
心が動く、彼女の心が、本心が開こうとする。
そうだ、私たちはいがみ合うのではなく、愛し合いたい。だから、信じてくれ!!
茉莉花のわななく口元から言葉が出てくるのを待った。
が、彼女の瞳に浮かんだのは恐れだった。
「帰って。帰って下さい」
一瞬、茉莉花の肩を掴む手の力が抜けた。
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