1人が本棚に入れています
本棚に追加
「どう? お出来になって? 簡単でしょう? だって父親を自認なさるんですものね」
せせら笑うように茉莉花はまくし立てて、ガラス戸とカーテンを閉めて奥へ消えた。
鍵がかかっていない引き戸はあっさりと開けられる。やろうと思えば今すぐ、蹴破ってでも入れる。
しかし、慎はその場に立ち尽くした。
彼女は取引を持ちかけた。
かぐや姫が求婚者に難題を出したように、できるかと問う。
受けなければならない。男たちは応じた、姫の意に添おうと必死になった。
私はできる。やらなければならない。
彼女の望みに応えなければ。
しばし庭に佇んで立ち去りかねていた時、切れ切れに届いたのは母が子をあやす声だった。その歌声は優しく彼を揺り動かす。
必ず君たちに辿り着く、待たせない!
慎は踵を返した。
向かう先は青山の自宅だった。
雑踏も何もかも彼の元に届かない。ただ、心の中にあったのは茉莉花と子供の声だった。
あの母子に会いたい。
私のものだ。誰にも邪魔させない。
真正面の玄関から我が家に入った。
鍵がかかっていない引き戸を開けて敷居をまたいだ瞬間に鼻腔をくすぐるのは『我が家』のにおいだ。主の帰宅を何も疑わずに受け入れている。
最初のコメントを投稿しよう!