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「すげえよ、武田。お前、いつの間にそんなに打てるようになったんだ」
素直な感想が口をついてきた。「決勝で出番あるかもしれないぞ」
「なんだろうなあ。わかんねえよ」
武田はしどろもどろなってお茶を濁した。こいつは人から褒められるのに余り慣れていないから、たまに称賛を受けると大抵はこんな反応になる。
しかし、よくもまあこの短期間でここまで仕上げてきたものである。大会期間中はベンチ入りを含め、背番号を貰えた二十人が中心の練習になるとはいえ、控え捕手である武田は投手陣の球を受けるべくブルペンとグラウンドとの往復に忙しない。バットを振り込む時間は限られているのだ。
「嘘つけ。隠れて相当、振ってたんだろ」
照れ隠しに笑う武田を小突いた。無人のベンチに引きあげてどっかりと腰を落とす。午前の全体練習が始まるまではまだ時間がある。空は依然として霞がかっていた。
「明後日なんだよなあ、試合」
誰にともなくそう呟く。
「ああ、明後日だな」
対して武田もぼんやりとした調子で応じた。「しっかりとボール投げ込んで来いよ」
そうして奴は背を向けてバックをごそごそと漁り始めた。
笑ってしまった。
「もう正捕手気取りか。お前は俺の心配の前にレギュラーの先輩からスタメンの座を奪うことを考えろよな」
まあ正直いうと、こいつのこういう姿勢は嫌いではないが。
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