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「またそれか……」
武田は遠い目をした。浅黒く焼けた頬からは充実の汗が滴っている。
「ま、代打に備えて準備してろよな」
武田の左肩をポンと叩く。立ち上がろうとした俺たちに声を掛ける者があった。
「まだ“そんなの”に付き合ってたのかよ、武田」
外野からもよく通る高い声。たいそう鼻につく、この声の主を俺はよく知っている。
「そんなので悪かったな、柳瀬」
振り向きざま、俺は百九十センチと長身のこの男を見上げた。犬猿の仲というのは、普通は第三者から見て評するものであろうが、俺と柳瀬に限っては本人公認である。俺とのレギュラー争いに負け、同時期に肘の故障も見つかって外野コンバートを余儀なくされた柳瀬はいつも俺に挑発的な態度をとる。
試合ではこいつの強肩に幾度となく助けられてきた俺であるが、それはそれ、これはこれだ。売られた喧嘩は買うタチなのである。
「試合前にエース様がこのザマじゃ先が思いやられるって言ってんだよ」
柳瀬は大きく息を吐く。まだ言うか。瞬間、一触即発の雰囲気が充満する。武田が俺たち二人を必死にとりなした。
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