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「まあまあ、落ち着けって二人とも。柳瀬も試合前にして気が立ってるんだよ、な?」
そんな、なだめ伏せようとする武田の優しい言葉尻は虚しく響くばかりで。
「お前もこいつの“これ”にいつまで付き合ってんだ」
柳瀬は武田の手を払った。
「早朝練習に付き合ってもらうことのどこがいけないんだよ」
柳瀬は嘲笑の色をその端正な顔に浮かべていた。
「単なる早朝練習だったら止めはしないさ。俺が言ってるのはそういうことじゃねえ。いいか? お前は……」
「もういいって! 邪魔すんじゃねえよ!」
武田が金切り声を上げた。
「おい、なんだ武田。ヒステリーか?」
おおよそ、これまで武田のこんな声を俺は聞いたことがなかった。肩で息をしている。「大丈夫かよ」
なんとなく場が白けてしまった。怒気が驚くほど早く引いていった。これを計算してやったのなら大した策士と言えるが、どうもそうではないようだ。
柳瀬も俺と同じ調子でバツの悪そうな表情で憮然と突っ立っている。武田はゆうに三十秒は沈黙し、そして口を開いた。
「携帯、鳴ってるぞ」
俺のエナメルバックに視線を向けている。拍子抜けする言葉だった。俺は昭和のコントよろしくずっこけそうになった。バックに手を伸ばす。携帯画面には《メール受信一件》の文字が躍る。メールを震える指で開いた。
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