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「うわやべ、課長じゃん」
彼は軽く眉を寄せて立ち上がり、電話を耳に当てながら離れていった。
あたしはその隙にウィスキーのボトルに手を伸ばし、悠然とグラスに注いだ。
そしてその一杯を飲みほしてすぐ、彼が足早に戻ってきた。
「悪い、今から会社行ってくる」
あたしの所作に触れることもなく、慌て気味に帰り支度をする彼を見ながら、眉を寄せた。
「トラブル?」
「ああ、今日は泊まりだな」
彼の言葉に、あたしの方が顔を歪めた。
泊まりということは、余程大変なんだろう。
突然の不運に見舞われた彼へ、同情心を込めた眼差しを送る。
「お金今度でいいから、もう行きなよ」
「ごめん、じゃあ頼んだ」
鞄を手にして出て行こうとした彼だったが、何かに気付いた様子で足を止めて振り返った。
また小言を言われるのかと、あたしは内心身構える。
だが彼が見たのはあたしではなく、カウンターの向こう側だった。
「宮野さん、香苗のこと頼みます」
この店ただ1人の店員さん、というより店長さんにそう一言言い残して、今度こそ彼は出て行った。
彼のお節介にいい加減呆れたあたしは、再びため息をつきながらウィスキーを新しく注ぎ足す。
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