第一話「ああ素晴らしきこの日常」

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 たとえば、人間はある程度努力するものなのだろう。人は独りで生きていくことは耐え難く、ほぼ不可能と言ってもいい。譲り合い、どこか諦め、都合をつけて生きていく。肝要なのはどう己と、他者とうまく折り合いをつけるかなのである。それがわからないほど子どもであるとは思わないし、またそれを怠ろうとも思わないけれど。  もう少しだけ、自由でいてはだめだろうか。いずれ社会にはばたくその時まで。  通行人Aとして生きるのは、とてつもなくラクで、とてつもなくたのしい。存在をふっと消して、のらりくらりと色々なものをかわして日々過ごしていく。地味で在ることに不満など一切ない。それを卑下するつもりもない。なによりも好きでやっているのだから。  なあに、あと数年もすれば、化粧もするさ。もう少し最低限の気を遣うさ。だってそのほうが社会には適合しやすいとわかっているし。  万が一それができないと思ったら……はらをくくってひとりでできる仕事でも探そうかな。でもその覚悟とか才能とか、今のところ見当たらないから、とりあえずモラトリアムだと思っている。  私は願っている。この執行猶予が、一日でも長く続くことを。  それなのに。ああ、それなのにそれなのに。  無神論者でありながら、こんなことを思うのは図々しいと重々わかっているが、それほどまでに私の心は追い詰められていたと、どうか理解していただきたい。  神様、私が何をしたというのでしょうか。平凡な日々よ、私はあなたをいまだに愛しているのに。どうか戻ってきてください!
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