第一話「ああ素晴らしきこの日常」

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 私の毎日は、非常に満ち足りている。  まだ誰も居ない教室で、独特の木の香りを鼻いっぱいに吸い込んだ。ああ、なんと清々しい朝であろうか。  こうして毎朝早い時間に登校するのは、私の日課だ。誰も居ない教室で、部活生の声を遠巻きに聞きながら、本を開く。この上ない贅沢な時間に、私はいつも喜びを見出していた。  私は、特別孤独になりたいわけでもなければ、特別集団を好む人間でもなかった。その結果が今の私をつくり上げたすべてだ。小学校、中学校と少ない人生経験ながら、私は失敗を反省し、今日の結果を導いた。  まだ集団行動が苦手だと自覚していなかった小学校時代。違和感を胸に抱きつつも心が成長していく過程で、どんどん窮屈さを感じる。  いよいよ本格的に女子の同調意識に嫌悪を抱いた中学校時代。いじめには至らなかったものの、それは単に運が良かっただけ。誰にも話しかけられなくなった女子中学生の私は、圧倒的な孤独にこれがやりたかったのではないと痛感した。だから考えたのだ。どうしたら思う通りの生活が送れるか。どうしたらなりたい自分になれるのか。  無理して周囲に合わせてはいけない。かといって傍若無人に振舞ってもいけない。親しい友人が欲しいわけではない。一匹狼のようになりたいわけでもない。その落とし所はどこかと、私はこれまでの人生でいちばん頭を悩ませた。そうして辿り着いたのが、地味で目立たない通行人Aになればいいのだという答えだった。 『地味で目立たない』という言葉の意味を、皆さんはどう把握しておいでだろうか。どこぞの小説か漫画かドラマの中から抜け出てきたような人間を想定してはいないだろうか。  たとえば、黒髪に三つ編みおさげで、眼鏡をかけて、膝下のスカートを履いているとしよう。果たして、これは『地味で目立たない』に該当するであろうか?  答えは、否、である。
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