第一話「ああ素晴らしきこの日常」

5/6
281人が本棚に入れています
本棚に追加
/310ページ
「おはよー。笹森さん、今日も早いねえ」 「おはよう。向井さんもなんだかんだ早いじゃん」  笑って答えれば、向井さんはまあね、と微笑んだ。  私にはこの高校内で個人的に親しい友人は存在しない。しかしクラスメイトとの関係は極めて良好だった。近すぎず、遠すぎず。圧倒的ではない孤独に浸るのは、まさに快適以外の何物でもなかった。教室内で孤独に浮くでもなく、かといって時間いっぱい話しかけられる集団行動を強いられもしない。いっしょにトイレとか、お揃いのグッズとか。そういうものから解放され、なおかつ完璧な孤独でもない。私の人生は、まさしく順調である。  向井さんは鞄を置いてにこやかに別れを告げると、他クラスの友人の元へと走った。私はそれをぼんやりと眺めてから、また読みかけの本を手に取る。  最高だ。私はこのモラトリアムを満喫している。社会に出ればきっと、何かを呑み込み生きていく事は多かろう。だからこそ、自由な学生時代を謳歌しようではないか。  お母さん、お父さん、ここまで生み育ててくれてありがとう。娘はとんでもなく幸せです。
/310ページ

最初のコメントを投稿しよう!