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「おい。そこをどけ」
睨みつけてくる男は、私の肩をつかみながら叫ぶ。息を切らし、全身汗まみれだ。
身の危険を感じた私は、そのまま席をゆずるつもりだった。
腰を上げる瞬間に、運転手が男に声をかけた。
「お客様。席を譲る必要はありません。その方の行為は、恐喝罪にあたります。当タクシーは、犯罪者を搭乗させる事は禁じられております」
冷静なドライバーの対応に男は手を下ろす。
そして、今度は膝にしがみつき泣き出した。
「頼む。どうしても奴から逃がしてほしいんだ。トランクでもいいから、タクシーに乗せてくれ」
「トランクは荷物専用となります。お客様は人間ですので、搭乗はできません」
男が後ずさりした瞬間、運転手はすかさずドアを閉めた。
男が激しくノックをする。何か叫んでいるが、聞こえない。
「お客様はどちらまで行かれますか」
「並木通り3丁目までお願いします」
ドライバーは何事もなかったかのように発進させた。バックミラーには、男の姿が見える。
睨みつけているのだろうか。こっちを見ている。
「気になりますか」
「いいえ。ただ、奴って誰の事でしょう」
運転手の表情が変わった。先ほどまでとは、まるで別人のようだ。
「あなたは、終電に乗り遅れたことはありますか」
「いいえ初めてです。いつもは夕方に帰るはずですが、今日は残業で遅くなりました」
ドライバーの様子がおかしい。
「それでは、夕刊はお読みになってはおられないわけですね」
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