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「とてもそうは見えない。とにかく上がりたまえ、玄関先での話も何だ」
「急ぐんだ!」
武は大声で叫んだ。まるで悲鳴だ。
房江は武に気圧されて後退る。
「君の意図が私にはわからない。いずれにせよ政は誰にも渡せない。君の頼みであっても」
「当たり前じゃないか、政君はこの家の子だ。他に赤ん坊がいるだろう! その子を僕にくれ!」
女がはっと息を飲んだ。
房江だ。
そして、武も今さらのように房江に気づいて愕然とした。
入って来た騒々しさとは対極の、静けさが玄関先を支配する。
「僕――は……」
武はがくり膝を落した。
「……ごめん」
普段は小柄にはまったく見えない彼が、まるでいたずらを咎められた少年が俯く姿よりさらに小さくて頼りなかった。
「楽しみにしていたんだ」絞り出すようにつぶやかれる声は、老人のようだ。
「僕も、さっちゃんも、子供が産まれるのを待ってたのに……何故なんだ!」
「まさか、幸子さん」房江の声はすっかり裏返っている。
「どうして助けられなかったんだろう、どうしてなんだよ!」
武は慎を打ち据えた手で、三和土を何度も何度も、鈍い音を立てて殴りつける。
友が泣いている。
その泣き声は幼い子供がベソをかくように切ないものだった。
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