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◇ ◇ ◇
「さっちゃんにこっぴどく叱られたよ」武はつぶやいた。
慎と武は空港の送迎デッキに立っていた。
海から吹き込む寄せる風は強い。乱れるに任せて風に髪を遊ばせる。
「あんなに怒ったさっちゃんは久し振りに見た。あんまり怒りすぎて、卒倒しちゃってさ。主治医の先生に叱られるわ、気がついたさっちゃんに思いっきり叩かれるわで、散々さ。……山ほど泣かしちゃったよ」
ふふ、と乾いた笑みを漏らした。
「それに――」
何かを言いかけて武は言葉を切った。ひゅう、と吹く風にまぎれて、さらに小声で続けた。
「房江さんに知らせてしまった……」
武が来た晩を反芻する。
房江に茉莉花の存在が伝わった。武が言う最悪のパターンで慎の子供が産まれたことも。
慎と房江は武を彼の妻が入院する病院へ送り届けた。夫婦二人で戻る帰宅は、さながら葬列道中のようだった。
夫が最悪の裏切りをした。相手は夫がかつて将来を約束していた少女だ。
今後嫌でも家族の在り方は変わって行く。一寸先は闇になった。
「今晩、家にお泊まりになるのは結構です。でも、朝になったらここを出て下さい。政が帰って来ます」
房江は言う。
「あなたは九州にいることになっています。約束も予定もなく帰って来た父親を見たらあの子はきっと混乱します。それに、あなたも不用意なことを口にしない確信はありますか? あの子は聡いから、言われずとも何かを察します」
返す言葉がなかった。
「君は悪くない。私のせいだ」
慎は首を横に振った。
「ホントだよ」
男ふたりは苦笑した。
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