3人が本棚に入れています
本棚に追加
「私たちは近すぎたんだ。少しの間、距離を開けよう…………」
家の玄関で父が母にそう言い、私の顔を一瞥してからまた視線を母に戻す。
「神鳴の事はくれぐれも頼む」
父が玄関の扉を開ける。朝の陽射しが家の中に入ってきて、父の姿が逆光で見えなくなった。
私が手で視界の光を遮ると、父の足音がゆっくりと遠ざかろうとしていた。
そして、逆光で黒ずんだ父の後ろ姿が、閉まる玄関の扉によって完全に視界から消えていった。
ーーーこの日、父は一度として、私の母の名前を口にはしなかった。
◆◆◆
五月の半ばに母の転勤に伴い詩風市に越してきた私は、その市にある公立の中学である詩風中学に転校することになった。
中学一年である私がこの時期に転校をすると言うことは、周囲に友達どころか知り合いすらいない転校ぼっちが決定することを示していた。
だが、以前の学校でも友達と呼べる者がいなかった私には、この新しい環境はたいして差があるものではなかった、いや、女子間にあったいじめがなくなっている分、以前より環境的に良くなったと言える。
転校初日。
アパートから徒歩20分の距離にある詩風中学の一年A組。そこが私の新し いクラスになる。
担任教師に呼ばれ、教室に入り教壇に上がり、クラス全体を見渡す。
「……………………」
男子も女子も例外なく私を見て言葉を失った。
自分で言うのもなんではあるが、私の容姿は世間一般的に見ても優れている部類に入る。自慢ではないが、告白も多々されている。男女付き合いもやったことがある。どれも長続きはしなかった。その理由の一端として、私の家族問題が関わっているのだが、引っ越しをした現在であれば、ある程度は解消されたと思う。
最初のコメントを投稿しよう!