1.<現在>

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「すみません。覚えてないです」 そう言い切って、 立ち去ろうとすると「今、何してる?」と私の返事を気にすることなく会話を続けた。 「……出版社で働いてますけど」 そういうと、先生の顔がはっきりと明るくなった。 「夢、叶えたんだ」 先生、そんなこと覚えてくれていたんですね。そう思ったけど、警戒心でいっぱいという顔を崩さないように彼を見た。 「夢?」 「文芸書の編集者になって本を作りたいって言ってただろ?いい加減、思い出せよ」 「ええ。まあ、今は文芸書を作ったりしていますけど。でもすみません、やっぱり私……」 「おめでと」と、彼は目を細めて笑った。 「あの……すみません。さっきから誰かと勘違いされてるみたいですけど。急いでいるので、失礼します」 「あ、なつめ」 先生は止めた。 「今度、良かったら飯でも行かないか?忘れたなら、思い出させてやるよ」 先生はきっと、昔の教え子に会えたことが懐かしくなった、それだけの好意で誘ってくれたんだと一瞬で理解はできた。 「すみません。私、彼氏がいるので只のナンパでしたら、お断りします。では」 信号が変わると同時に、走る。先生はもう私を引き留めることもしなかった。
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