1.<現在>

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パウダールームに行って、鏡を見る。額に張り付いていた前髪を指でわけた。 『全然変わってないな。あの頃のまま』 先生が言った言葉を思い出す。 私はもう15歳ではなく23歳だ。先輩たちには薄化粧とは言われるけど、メイクもするようになったし、顔だって大人になった。自分ではそう思っているのに。 それにしても、さっきの私、お弁当を取りに行くことで頭がいっぱいだったせいか、突然すぎる再会に舞い上がってしまって、自分じゃないみたいだった。 今更、先生にまた会えたことが夢じゃなく現実の世界で起こっていることだと実感して、心臓の音がうるさく感じた。 すごい嘘吐いちゃったな。自分で言ったことなのに、笑えない程だ。 何が覚えてないだ。何が文芸の本を出版してるだ。 出版社に就職できたのはいいものの、希望していた文芸書の部署には配属されなかった。 代わりに全然興味のなかった女性ファッション誌の編集部に配属だと聞いたときには頭が真っ白になったくらいだ。 夢が叶ったと先生は言ってくれたけど、まだまだ中途半端なままなのに、得意気に何を言ってしまったんだろう。 それに、今、彼氏なんていない。 それどころか、まともな交際だってしてこなかった。付き合ってもすぐ振られてしまって続かなかったせいで、大人の関係にもなったことがないのだから。 先生のことだって、本当は忘れたいくらい覚えているのに。
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