シニスターの槍

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「道化がどうしてあのような奇抜な振る舞いをするか、知ってるかね?」  劇が幕間に入った途端、急にそんなことを訊かれた。 舞台袖ではピエロがひとり残ってジグを踊ったり、それまでの経緯を冷やかしたり。幕が開くまではジャックの独壇場だ。 「滑稽な仕草や台詞で劇にスパイスを利かせる為……なんじゃないんですか?」 「ふむ。では、どうして彼だけが舞台転換の間も幕のこちら側に残って、観客を相手に話しかけてくるのだと思う?」  場の繋ぎじゃないのか? 考えたこともなかった。 「舞台は世界だ。役者は影。入れ替わっては立ち替わり、人生という名の幻影を演じる。幕が降りればそこに世界は存在しない。それなのに、道化だけがそこから飛び出して我々に語りかけてくる」  ジャックが最前席の観客をいじって笑いをとっている。これ以上ないくらいの笑顔のピエロ。反して、その顔の右半分には涙のペイントがある。 「道化は劇の登場人物ではない。あの顔はこれから起こるだろう運命を知っているからこそ笑い、悲しんでいるのだ。それが適うのは一体何者か?」  紳士の言葉に僕はただ黙していた。目だけがずっとジャックを追っていた。 「道化は劇にひそむ作者の声だ。冗談めかして真実をささやく」
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