シニスターの槍

16/67
前へ
/72ページ
次へ
 こんななりゆきで、僕とジャックは急速に親密になっていった。  ウエストエンドの劇場より遥かに安いとはいえ、小劇団のチケットだって映画のそれよりは高い。新聞を持って来いというのは奇抜な提案だったが、それもヘラルドという呼び名に引っ掛けただけなんだろう。  タダ同然で舞台を観られるという誘惑もさることながら、なんといってもジャック本人の魅力が僕を虜にさせた。 渡英してからこの数ヵ月、慣れない外国暮らしで右往左往するばかりだった僕に、ジャックは人との繋がり、温もりを与えてくれる貴重な存在となった。  彼のユーモアあふれる話や軽やかな笑い声が、この暗い季節を豊かなものにしていく。  ジャックは冬のロンドンを駆ける自由の風だ。僕の冷え込んでいた手足に命を吹き込む、まだ見ぬ世界の新風だった。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

117人が本棚に入れています
本棚に追加