シニスターの槍

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「とは言っても、まだ何の結果も出せてないけどね。今はこの劇団で役者をやりつつ、脚本も書きおろしてるんだ」  小さな劇団といえども──いや、だからこそ、ネームバリューである程度の収益が見込める大劇団とは違って、小劇団のそれは命綱だと言える。 ゆえに、常に注目を引く意欲作が扱われ、新手の脚本家たちが凌ぎを削る。ここは夢をかけた戦場なのだ。  それでも、脚本を書くんならこんなところじゃなくて事務所のほうが良さそうなものなのに。暖房設備だって整っているし。  もしかして、何か引け目を感じてるんだろうか。一介の役者が脚本家を気取って事務所に席を構えるなんて、とか。 「違う違う。事務所なんて雑音ばっかりで集中出来ないじゃん。あんなとこで書けって言われてもこっちから願い下げだよ。それに脚本家って普通、劇団とは別枠だからね」  言われてみると、確かに創作をするのには不向きか。でも、じゃあどうしてジャックは職場であるここで、しかもこんなところで書いてるんだろう。 「オレがここにいるのはここが好きだから。性に合うからさ。ほら、この向こうに何があると思う?」  ジャックはそう言いながらすぐ傍の窓辺に立った。窓の向こうの景色は彼の背中に隠れてしまったので、僕はひそかに視線を衣裳部屋に戻した。ここを取り巻く世界が、さっきまでとはまるで違う表情をしていた。
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