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あの紳士とこうして連れ立って歩いているなんて、何だか変な気分だ。しかも僕から行動を起こすなんて。
「ふむ、悪くないな。小劇場か」
「ええ、割と近くで演っているんです。脚本なんかも手がけていて」
「ほう」
紳士が落とした本は先日観たばかりの舞台の原作だった。感動がまだ胸に新鮮に残っていたので珍しく話しこんでしまい、舞台関連ということで、話題もすぐにジャックに飛んだ。
よく知りもしない人間をこっちから誘うなんて、以前の僕が見たらひどく驚くだろう。
ジャックの陽気な魔法がじわじわと僕に浸透して、内側から動かしているのじゃないか。でも、悪い気はしない。どこか晴れ晴れとする。
ウエストエンドは今日も多くの人でごった返している。ぶつからないように避けながら歩き、やがて信号を挟んで道は大きく二又に分かれた。
「デキスターのほうかね?」
はいと答えて左に足を向けた直後、紳士に呼び止められた。
「こら、どこに行く。そっちはシニスターだろう」
「え?」
シニスターという言葉に、この間のジャックとの会話が脳裏をよぎった。
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