シニスターの槍

66/67
119人が本棚に入れています
本棚に追加
/72ページ
 この小劇場に来るのはずいぶんしばらくぶりのように感じる。ジャックがいなくなってからひと月も経ってはいないのに。 正面に立って見上げてみても、最初の頃の感動はもうそこに感じられない。 『あの机、本当は動かすのも気が咎めて。あの窓から見える景色、アイツすごく気に入ってた。わざわざそこに机を置いたのもそれでなんだ。ウエストエンドが見えるって』  僕の心にはかつての彼の姿が浮かんでいた。書きかけの原稿とペン、そして果てしない創造の海に漂っている彼の姿。その瞳が見つめるのはいつも遠く、窓の外にあった。 “オレがここにいるのはここが好きだから。ほら、この向こうに何があると思う?”  何度も肩越しにその景色を覗いた。時には微笑み、時には睨み、彼が一心に見つめ続けたその先を。けれど。  けれど──そこからウエストエンドは見えないのだ。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!