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その日も、部活の帰り、高等部生のたむろしている中を肩身の狭い思いをしながら、わたしはグラウンドを歩いていた。何でもない一日がこれで終わった、と思っていた。
家に帰って、共働きしている両親のためにご飯を作って、余裕があったら課題でもやって、好きな俳優が出ているドラマでも観て、寝よう。そんな、取り止めもないことを考えていた、普通の下校時。
ふいに、腕をくい、と引かれた。
え、と漏らして、わたしは振り返った。
手首を掴んでいたのは、高等部生だった。高等部の制服を着崩して座っている。その顔には見覚えがあった。背の高い彼は、座っていても中々目立った。そして中々の男前だが、目付きが悪いのでわたしは苦手だった。と言うのも、面識こそないのにやたらとこの下校の時、彼は些細なちょっかいを出してくるのだ。大したことではない。足を引っ掻けたり制服の裾を引っ張ったり遠くから冷やかしたり。大体の高等部生がグラウンドを駆ける中等部生に見境なくやる行為だった為、特に彼もわたしを知らないはずだし、わたしも彼を知らなかった。
しかし今はどうだろう。彼はたむろしているのではない、一人でそこに座って、確実にわたしを狙って、その腕を引いてきた。
わたしの胸が跳ねる。
何だろう。何だろう。
「あ、あの……」
「見し折の……」
「え?」
彼は不敵に笑った。
綺麗な顔だと、思った。
「見し折のつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらむ」
そう言って、彼はくく、と笑う。わたしは彼の言葉が何かの歌だということ以外、意味がわからなかった。
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