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「ね、お詫びに、明日のお茶会、招待するよ」
「ヤコブ館のお茶会?」
「そ!」
「でも……」
またここに来なくてはならないのか?
――朝顔の君、どんなだろうと思っていたんだ。
――君は本当に朝顔の君だね。
――見し折の……
「あの……」
「うん?」
「見し折の、って何ですか?」
「え?」
「何かの歌だと思うんですが……」
女生徒はきょとんとしてわたしを見た。それから、記憶を辿るように目を泳がせた後、
「見し折のつゆ忘られぬ朝顔の花の盛りは過ぎやしぬらむ、かな?」
「は、はい、それです。それって、どういう意味ですか?」
「源氏の歌だよ。光源氏が朝顔の君に贈った歌。以前垣間見たあなたが忘れられません、その朝顔の花は盛りが過ぎてしまったのでしょうか、ってところね。コテコテの恋歌」
「恋、歌……」
それでは彼は、わたしに恋歌を贈ったのであろうか。それともただ朝顔にあてつけた戯れの歌なのだろうか。でも彼女は、あの男性がわたしのことを好きだと、好きなはずだと、言った。
「……。」
「加奈ちゃん、こんなところにいたの。明日のことだけど、あら?」
さっきの寮母がわたしを見て言葉をやめた。じ、とわたしを見て、その後でからからと笑った。
「あなたも、お茶会に参加するの?」
「わたしが誘ったの」
「いらしてもいいけど、あれには招待状が必要だったのではないの?」
「うーん。ゲストってことでは、駄目ですか?」
「あの、わたし、別に……」
「明日、ぜひ来て。ネクタイ、取り返さなきゃ、ね?」
「え? あ……」
わたしの胸には、タイがなかった。さっき彼に盗られたらしい。
泣きたくなった。
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