1章 駅  ≪ 改訂.2017.2.4. ≫

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ちらっと見ながら、信也と仲のいい美樹(みき)を思い浮かべる。  美樹には、どことなく、あの椎名林檎(しいなりんご)に似た ところがあって、椎名林檎が大好きな信也のほうが 美樹に恋している感じがあった。  信也と美樹は、電車で約2時間の距離の、東京と山梨という、 やっぱり、せつない遠距離の交際になってしまった。  美樹も辛(つら)い気持ちを、信也の親友でありバンド仲間の 純に打ち明けてたりしていた。  信也は、そのつらい気持ちをあまり表(おもて)に出さなかった。  信也は、東京で就職することも考えたのであったが、 長男なので両親の住む韮崎にもどることに決めたのだった。  大学でやっていたバンドも、メンバーがばらばらとなって 解散となってしまった。  信也はヴォーカルやギターをやり、作詞も作曲も ぼちぼちとやっていた。純はドラムやベースをやっていった。  純の父親は東京の下北沢で、洋菓子やパンの製造販売や 喫茶店などを経営していた。  いくつもの銀行との信用も厚(あつ)く、事業家として成功している。  父親は、森川誠(まこと)という。今年で58歳だった。  去年の今頃(いまごろ)の6月に、純の5つ年上の兄の良(りょう)が、 ジャズやロックのライブハウスを始めていた。  純はその経営を手伝っている。  音楽や芸術の好きな父親の資金的な援助があって、 実現しているライブハウスであった。  韮崎駅の近(ちか)くの山々や丘(おか)には、雨に洗(あら)われた ばかりの、濃い緑の樹木(じゅもく)が、生(お)い茂(しげ)っている。 さらに、遠い山々には、白い霧(きり)のような雲が満(み)ちている。 「おれって、やっぱり、田舎者(いなかもの)なのかもしれないな。 東京よりも、この土地に、愛着があるようなんだからね」  照(て)れわらいをしながら、信也(しんや)は純(じゅん)にいった。 「おれだって、こんなに空気のいい土地なら、住みたくなるから、 信(しん)ちゃんが田舎者ってことはないよ」  純はわらった。 「ところで、信ちゃん。もう一度、よく考え直(なお)してくれるかな。 おれも、しつこいようだけど・・・」 歩きながら、純は信也の肩(かた)に腕(うで)をまわして、 軽(かる)く揺(ゆ)すった。 「ああ、わかったよ。でも、さんざん考えて決心して、
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