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お嬢様が大学に入学された年、数年後の私からメールが来た。すべてが文字化けしていて、わからなかった。何が言いたいのか、何がしたいのか、そもそもアカウントだけで、悪戯でない証拠が無い。訳がわからない。意味不明。
けれど、差出人は、間違い無く私のアカウントだった。端末が壊れているのかもしれない、と言う考えに落ち着けて、端末を懐へ仕舞った。
「どうしたの? サリュー」
「いえ……お嬢様、私は“サリュ”では在りません。お嬢様。私は……」
「シリアルナンバーは嫌いよ。名前のほうが良いわ。あなたは人型だもの」
お嬢様はつまらなそうに頬を膨らませてすぐに笑んだ。本当にころころ表情が変わる。コレがヒトなのだろう。私にはわからない。
この家に来て数年経ったけれど、わからない。
人々が生体機械『ドール』と暮らすようになってどれ程時が経ったか。
私が家に来た当初は未だ初期運用で普及も少なかった。持ち主も極僅かで、私自身が男性型『ドール』であることも大っぴらには広まっていない。知るのは、我が家のご当主であらせられる旦那様と奥様と。
「サリュ!」
旦那様よりお世話を仰せ付かっているお嬢様のみだった。走ってはいけないと幾年月何百何千申しても、聞いてくれない。私が『ドール』だからかと思えば、違うようで、彼女は総じて、こう、なのだ。忙しないと言うか。庭の草花や木々に水をやる私の元へ一目散に走って来る。
「お嬢様。何度も申しておりますが、脇目も振らず走るのはよろしく在りません」
「だって、サリュに一番に見せたかったんだもの!」
そう言って、お嬢様が突き出して来た手には花が握られていた。先程奥様が庭から摘んだ花だろう。『ドール』に花……。お嬢様に今一度私が機械であると戒めねばいけないかもしれない。私は小さなお嬢様に合わせて屈み目線を合わせた。
「お嬢様、私はですね、」
「知ってるわよ、『ドール』、機械でしょ? でもね、サリュ。駄目よ、『ドール』はめずらしくて高価だから、泥棒に襲われるかもって」
めっ、とお嬢様が人差し指を立てて私を叱る。逆に怒られてしまった……。地味に凹んでいると笑い声が小さく聞こえて来た。目線を向ければ庭に在るテーブルセットでお茶をする旦那様と奥様が笑っていらっしゃった。私は『ドール』でありながら居心地の悪さを感じていた。
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