第一話 陽ノ宮 翳 ~ヒノミヤ カゲリ~

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陽ノ宮 翳は校内において、知る人ぞ知る有名人だった。どのくらいの知名度かといえば、知らぬ間に歴史の教科書の中に紛れ込んでいても違和感はないほどである。 あの相対性理論を確立したアインシュタインや、数々の交響曲を残したシューベルトのように、偉大な発明や創作をしていないにもかかわらず、校内における彼女の名声は彼らを軽く飛び越えていたはずだ。 理由については、名前の珍しさや成績や素行など諸説色々とあるだろうが、彼女の名前が大々的かつ、決定的に広まった一番の要因とはーーー彼女の外見だ。 高校生活における伝統を忠実した頭髪のパターンとして、男子野球部は丸坊主、女子バレー部もショートヘア一択といったものがある。 外見は中身を写す鏡である。 この言葉に踊らされ、親や教師に頭髪の事を厳しく言われた学生諸君も多かったのではないだろうか。実際、僕もかなり言われ方である。 我が校ーーー私立常永高校は、そこまで校則に関して厳重ではなく、髪染めもある程度のラインまでなら容認されてはいるが、彼女の場合は、許容範囲を大幅に超えていた。 高校生活で一番自由な時期である当初の二年生ですら、皆自制して茶髪程度に抑えていたというのに、高校一年の陽ノ宮 翳は入学初日から、大胆にも髪を金髪に染めて登校してきた。まっきんきんだ。 体育館の始業式の挨拶で、壇上に立った校長先生が言葉を失ったのは言うまでもない。 すぐさま教師陣から早期改善の要請がかかったが、彼女が素直に聞く耳を持つことはなく、あっさりと頭髪の一件については黙殺された。改善要請が撤回されたのだ。 なぜならーーー 彼女は僕よりも、早紅葉(サクハ)よりも、他のどの生徒よりも『生徒の鑑』と呼ぶべき人材であったからなのである。 才色兼備、花顔柳腰、文武両道、温厚篤実といった色とりどりの四字熟語を襷掛けしてみせる超人であり、全くといっていいほど非の打ち所がない。 それを知らしめたのが、去年の九月に行われた全国模試だ。あろう事か、彼女は全教科満点を叩き出し、全国一位という冗談みたいな成績を残すという本校初の偉業を成し遂げたらしい。 おかげで進学校でもないのに、今年の入学試験は倍率が七倍にも跳ね上がったとか。 職員室が、リオのカーニバル並みの騒ぎになっていたことが記憶に新しい。 僕ら生徒側からすれば、何てことをしてくれたんだというわけだ。
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