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高校二年に進級した春、クラス替えをして運良く同じ教室になり、僕の斜め左二つ後ろの席になった学年一の優等生は、一度もその席に座ることはなかった。
両親の急な転勤で引っ越してしまったとか、不慮の事故で命を落としたとか、そういう気の滅入る話ではない。いや、ある意味それ以上に、気の沈む話かもしれない。
彼女は学校に来なくなった。
前触れもなく、突然に。
春が過ぎて、夏が来て、僕にとって世紀末ともいえた地獄の夏休みが終わり二学期が始まった今日でも、彼女は一度も学校へは姿を見せなかった。
誰にでも笑顔を絶やさず、一部の生徒から学校の中の太陽とまで囁かれていた女子生徒は、忽然とその姿を消してしまったのだ。
煙のように消失し、水のように蒸発してしまった。
定期テストの後、学校の掲示板に貼り出される上位三十名を抜粋する順位表。見上げなければ決して見えなかった彼女の名前は、半年以上見ることはなくなってしまっていた。
心配だと声を上げる友人達も、彼女を讃える教師らも、最初は口々に不安と心配の言葉を交わしていたが、徐々に時間が経つにつれて彼女の名前を口に出さなくなった。
お見舞いに行ったらしい友人達も、彼女には会えた試しはなかったらしい。
そうして流れるように時間は経ちーーー
やがて、忘れていった。
忘れて、去ってしまったのだ。
こうしてみると、人間の絆ってものはなんと儚く無情なものだと思う。
所詮は誰もが同じで、たった三年間同じ場所に通う同級生というだけなのだろうか。
新しく変わったクラスの中で、新学期早々に出来た空席に、誰も、何の疑問も持たなかった瞬間を見た時は、流石の僕も息を飲んだ。
とはいっても、まだ面と向かって会話をしたこともない彼女の事を、白々しく語る僕ではあるけれども、その名前を思い出したのは、ほんの数十分前のことなのだ。
僕自身、彼女のことは、もしかしたら初めからいなかった人物だったのではないかと、記憶がおぼろげになりかけていたのだからな。
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