一杯の水・ライジング

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 客と店主、従業員の声もうるさい。  いやいや、あの程度のあいさつは、当然のことだ。 「今日は仕事じゃないはずだけど、どうして? 」  初老の男性店長の声。  涼し気な白い半袖シャツにボウタイ。  細身の足に合う薄手でグレーのズボン。 「たまには、仕事抜きに店長のコーヒーをじっくり飲みたくてね。あ、ケーキセットと一緒にね」 「かしこまりました」  お客に答えたのは、店長の奥さん。  黒地にチェック模様のオーバーブラウスに黒リボン。  膝までのまっすぐな黒いキュロットスカート。  いやあ、ヒーローって目撃情報を正確に集めなきゃならないから、嫌でも服に詳しくなっちゃう。  うん? 仕事?  俺が振り向いた先にいるのは、我が高校の同級生、鷲矢 武志だ。  そう言えばあいつ、アルバイトでピアノを弾いてるって言ってたな。  視線を店の奥に。  そこには黒光りするグランドピアノが。  共にある楽器も豊富だ。ドラムや何本ものギター、キーボード、トランペット。  壁一面を飾るのは、古いレコードたち。  今流れている曲も、たぶんそのうちの一枚だろう。  ここの店は、ジャズ喫茶で有名なんだ。  いつか生演奏で聞いてみたいな……。  いかん! いかん! 「あ、茂じゃないか。元気だったか? 」  武志が話しかけてきた。  肉のついていない細身の体に、地味な顔。それにメガネ。  見るからにひ弱そうな男だが、騙されてはいけない。  ……まあ、今日は気にすることはないだろう。 「あんまり~」  そう言いながら、俺は重要物を見つめ続ける。  今の俺は集中しなければ。  と思ったら、武志の奴はとんでもないことをしやがった!
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