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「うるせえよ。株で一儲けして若くして隠居生活に入った男には、現代社会を生き抜く苦しみなんて分からないだろうよ」
「なーにが生き抜く苦しみだよ。それに耐えかねて人から金を騙し取ろうってヤツに言われたかないね」
マスターとは大学時代の腐れ縁である。本名は勅使河原 林太郎(てしがわら りんたろう)というが、長ったらしいのでマスターと呼んでいる。
学生の時から何を考えているのか分からない野郎だったのだが、どうも株の才があったらしく大儲けした後、すぐさま社会からドロップアウト。今は、料理の趣味を活かしてこのバーで悠々の隠居生活を送っている。
たまに定年退職した老人が退職金で喫茶店を開くが、どうもその感覚に近いらしい。
「必死こいてSFについて勉強したのに、これじゃ割にあわねえって」
「いつもそうだが、商談をしくじると落ち込んでんなあ。どうだ、マスター特製のネパールカレー食うか」
「いいって」
俺は怒鳴るようにして断りを入れた。
長く続く趣味の大抵が下手の横好きである先例に漏れず、この男もその類である。特に煮込み料理は全般が死ぬほど不味い。
もとより採算度外視の経営であるため、それで客足が退いても構わないというから恐ろしい。どこからかマニアックな情報を仕入れ、日々メニューには得体のしれない料理名ばかりが増えていく。
酒は不味くしようがないというのが、せめてもの救いである。
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