先見の明

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 男は分かっているのだか分かっていないのだか判然としない様子で低く唸っている。 「世界が似通っているということは、それだけ干渉がしやすいということです。  ただ、まあ生身の人間がいくら頑張ったところで、時間の連続体を飛び越えて隣の世界に干渉するなんて大それたことはできません。それに耐えうる緩衝材を用意する必要があります。  その昔、タイムマシーンなんてものが創作物の中で良く出てきていましたが、あれはナンセンスですよ。物質的に平行世界へ干渉するという発想は前時代的で、実証もできていない」 「あんさんの話はつかみどころがないから分かりづらいわ」 「これは失敬。しかし、ここまでは理論の話ですので聞き流す程度で構いません。重要なのはここからです」 「やっと本題かいな」  じれたように男は大きく身をよじった。気の毒なことに、俺の長話のせいでせっかく注文したオンザロックの氷が溶け出して、ただの水割りになってしまっている。安ウィスキーの水割りほどまずいものもない。 「では、どうやって干渉すれば良いのか。簡単なことです。普段とは違った行動をとれば良い。逆説的に話しましょうか。例えば、会社からの帰り道、今日は気分を変えてちょっと違った道を通ってみようかと思った経験はありますか」  男は首肯した。それくらいの経験は誰にだってあるものだ。
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