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入れ替わり
朝起きたら別人になっていた。
昨夜のことを思い返す。
確か昨夜は…行ったこともないバーに入り込み、一人で飲んでたんだっけ。
そこで見知らぬ老人と出会ったんだ。
酒の勢いで、リストラされたことや、妻や子供に申し訳ないなんてことを喋った。それを老人は親身に聞いてくれて…そうだ。家に案内されたんだ。
とんでもない豪邸で、羨ましいと口にしていたら、入れ替わらないかと持ちかけられた。それに頷いた後の記憶はない。気づいたらここに…昨日の豪邸にいた。
SFとかでよくある、若者と老人が契約をして、それぞれの体を取り替えるって話そのものの現状。
ああいう話が出回った頃ならともかく、今の技術なら、人格の入れ替えくらいたやすいことかもしれない。でも俺はその話を冗談だと信じて、まんまとあの老人の思惑に引っかかったって訳だ。
妻子はいるけれど、学生結婚だったから、俺はまだ二十代半ば。充分に若い。対するこの姿は…もう九十はいってそうだよな。
酒場での態度を思い返す限り、かくしゃくとはしているけど、もう完全に余生。老い先短い身の上だ。
一方的な俺が不利な人格交換。
たいていの場合、物語じゃ、老人の方が不公平だと理解して、体を元に戻してくれるんだが…いいよ、これで。
元になんか戻らなくていい。俺にはこの状況は天の救いみたいなものだ。
バーで老人に語ったリストラ話。会社を辞めたのは事実だけど、クビになった訳じゃなく、本当は依願退職だったんだ。
理由は…残り僅かな余生を妻子と共に過ごすため。
末期癌。若すぎるから進行も早く、気づいた時には手遅れだった。
依願退職だと口にしたら、当然理由を聞かれる。病気のことを話すことになる。それが辛くてリストラだと言った。もうじき終わる命を嘆いているのではなく、妻子がいるのにリストラをされたから辛いと、そう語ることでどうにもならない自身の気持ちをごまかした。
まさかそれが、こんなにもいい方向に転ぶなんて。
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