第1章

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 10ページ 「嬉しいよ。ときめきで胸が焦げる程に熱くなった。それ程嬉しいよ。でも苦しい」 「それ程嬉しいのにどうして苦しいの?」  シローは答えなかった。  「シロー、私の口付け、本当に嬉しかったの?」 「嬉しかったよ。胸がときめいて、僕の胸はバラ色一色だよ。心は喜び一杯だよ」 「それならもう一度口付けしていい?」  シローは断れなかった。それが運命のように思えた。地獄の炎を通ってでも、突き進みたい運命に思えた。 「いいよ。メモリー…」  メモリーはまたシローに口付けした。先程より長かった。シローの胸はさらに熱く焦げた。胸の苦しさも増した。メモリーはくちびるを離した。 「シロー、まだ苦しい?」 「苦しいよ」 「私、どうすればいい?あなたの役に立ちたい。シロー、私じゃ駄目?駄目なの?」 「そんな事ないよ。君は最高だ」 「それなのにどうして苦しいの?」 「メモリー、これは僕の問題なんだ。僕は苦しまなければ物語を完成できないんだ。僕が苦しいのは物語を完成させる為だよ」 「シロー、私に出来る事ある?あなたの役に立ちたいわ」 「メモリー、モデルになってほしい。否、幸せになってほしい。君の幸せが僕の安らぎなんだ。だから君は幸せになってほしい」  シローのその言葉は本心であり、偽りの言葉でもあった。物語の中の王子に妻として差し出す気にはなれなかった。メモリーはほほえましく、 「シロー、ありがとう」  メモリーの言葉にシローは苦しみと安らぎを感じた。 「メモリー、聞いて。僕が書く物語が実際に起こっている。君は天使に会って乙女になった」 「そうよ。私は天使に会って乙女なったのよ」 「メモリー、これから僕が書く物語はね、君がココロノアイ王国の王子の妻になって幸せになる。そんな物語なんだ。メモリー、幸せになってほしいよ」  本心から離れたシローの切ない願いだった。彼は小説に、この道以外に道はないと思っていた。そして今回の作品には、今までにない自信に満ちていた。メモリーは喜べるはずの運命に、大きな悲しみが混ざっているのを禁じ得なかった。 「シロー、ありがとう。シロー、私…」 「何だね?」 「シロー、いいのよ、私を思うように使って。私、あなたの役に立ちたい。あなたの物語を素晴らしくする為に、私を思うように使ってね」  ある意味ではその言葉もメモリーの本心から離れていた。
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