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「嬉しいよ。ときめきで胸が焦げる程に熱くなった。それ程嬉しいよ。でも苦しい」
「それ程嬉しいのにどうして苦しいの?」
シローは答えなかった。
「シロー、私の口付け、本当に嬉しかったの?」
「嬉しかったよ。胸がときめいて、僕の胸はバラ色一色だよ。心は喜び一杯だよ」
「それならもう一度口付けしていい?」
シローは断れなかった。それが運命のように思えた。地獄の炎を通ってでも、突き進みたい運命に思えた。
「いいよ。メモリー…」
メモリーはまたシローに口付けした。先程より長かった。シローの胸はさらに熱く焦げた。胸の苦しさも増した。メモリーはくちびるを離した。
「シロー、まだ苦しい?」
「苦しいよ」
「私、どうすればいい?あなたの役に立ちたい。シロー、私じゃ駄目?駄目なの?」
「そんな事ないよ。君は最高だ」
「それなのにどうして苦しいの?」
「メモリー、これは僕の問題なんだ。僕は苦しまなければ物語を完成できないんだ。僕が苦しいのは物語を完成させる為だよ」
「シロー、私に出来る事ある?あなたの役に立ちたいわ」
「メモリー、モデルになってほしい。否、幸せになってほしい。君の幸せが僕の安らぎなんだ。だから君は幸せになってほしい」
シローのその言葉は本心であり、偽りの言葉でもあった。物語の中の王子に妻として差し出す気にはなれなかった。メモリーはほほえましく、
「シロー、ありがとう」
メモリーの言葉にシローは苦しみと安らぎを感じた。
「メモリー、聞いて。僕が書く物語が実際に起こっている。君は天使に会って乙女になった」
「そうよ。私は天使に会って乙女なったのよ」
「メモリー、これから僕が書く物語はね、君がココロノアイ王国の王子の妻になって幸せになる。そんな物語なんだ。メモリー、幸せになってほしいよ」
本心から離れたシローの切ない願いだった。彼は小説に、この道以外に道はないと思っていた。そして今回の作品には、今までにない自信に満ちていた。メモリーは喜べるはずの運命に、大きな悲しみが混ざっているのを禁じ得なかった。
「シロー、ありがとう。シロー、私…」
「何だね?」
「シロー、いいのよ、私を思うように使って。私、あなたの役に立ちたい。あなたの物語を素晴らしくする為に、私を思うように使ってね」
ある意味ではその言葉もメモリーの本心から離れていた。
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