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シローの胸の痛みは消化不良のような痛みではなく、心が壊れたような痛みだった。
「ありがとう。メモリー、君の素晴らしい恋愛相手はココロノアイ王国の王子だ。それが僕の物語の設定だ。君は今日これからその王子に出会うんだ」
「シロー、それであなたの物語は素晴らしくなるのね?」
「メモリー、君が心から幸せにならないと僕の物語は素晴らしくはならない。君の幸せが素晴らしい物語なんだよ」
メモリーは胸の中を木枯らしが吹き抜ける思いだった。互いに偽る辛さに耐えていた。シローは小説などどうでもよかった。メモリーを生涯のパートナーに出来たなら、否、たとえ一時のパートナーにでもなってくれたなら、それがこの上ない幸せだった。メモリーも幸せなどどうでもよかった。素晴らしい恋愛相手はシロー以外にいないと思っていた。互いの偽る心は辛さの向こうに、真実の光を見つめていた。メモリーは辛さに耐えながら笑みを灯した。
「シロー、私の願いは一つだけよ」
「何?」
「あなたの心からの笑顔を見る事よ」
シローは耐え難い程に胸が痛んだ。
「メモリー、僕も一つだけ願いがある」
「何?」
「もしかしたら僕の作品、駄作になるかも。否、完成しないかも。僕のわがまま聞いてくれる?」
メモリーはその言葉に心安らぐ明かりを感じた。
「シロー、お易い事よ。何なら今どうぞ。いいわよ」
シローはメモリーを見つめたままだった。
「シロー、いいわよ。どうぞ。あなたが素晴らしい物語を書く為なら喜んで…」
メモリーを王子の妻にするには苦しかった。それだけはどうしても。しかしそれをしてしまうと、自分が最低な人間に思えて自己嫌悪に陥ると思えた。自分の存在の忌まわしさに耐えられないと思えた。メモリーを見つめるだけで胸がときめき、最高と最悪がぶつかり合っているように思えた。
「メモリー、本当に僕のわがまま聞いてくれる?」
「勿論よ。シロー、私の心、美しいままに捧げるわよ」
「メモリー、僕の小説のモデルになってほしい」
「いいわよ、喜んで。シロー、私何をすればいいの?」
「動かないで、そのまま」
シローはメモリーの背後から、
「メモリー、目を閉じて」
メモリーは言われた通りにした。
「メモリー、いいかい?今君は最高に理想的な王子様から求愛されている。メモリー、王子は君に心からの愛を捧げようとしている。君は王子様の最高の理想なんだよ」
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