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――田野原先生はどこにいるんですか――
ミライちゃんが返信してきたとき、あたしはベッドの上でひとりほくそ笑んだ。
昔からミライちゃんは成績優秀で、今も有名な進学校に行っているらしいけれど、勉強ができる人間が必ずしも賢いわけではない、ということを、あたしはすでに知っている。
『××町の〇〇塾で講師をしているはずです』
あたしは何食わぬ顔でメールを打った。
『毎日二十二時に塾を出ます』
なめらかに、
『いつも近くの立ち飲み屋で一杯飲んで』
よどみなく、
『ひと気のない路地を通り』
文章を作る。
『公園前の階段を急ぎ足で下りるんです』
見てきたように。
『殺すのは、簡単でした』
文末で点滅するカーソルをしばらく眺め、送信ボタンを押したのは一分後。
あたしはベッドの上にスマホごと腕を投げ出し、天井を眺めた。
笑っていない口元から、ふふふ、ははは、と声が漏れ出てくる。
塾に通い始めてからついた癖だ。
あたしやミライちゃんが「被害者」と呼ばれたあと、ミライちゃんはびっくりするほど簡単に壊れた。
目のぱっちりしたかわいい子だったのに、一週間で妖怪みたいになって、周りに引かれているうちに不登校になって、中学に上がると同時に誰も名前を知らないような田舎へ行った。
ミライちゃんは、弱い子だった。
だから大きな損をしていた。
だって誰も田野原のことを知らないようなところへ行ったら、話が通じないじゃない。
ことあるごとに田野原の名前を出して罵倒することもできないし、変態教師と笑い者にもできない、いつか誰かに殺されるんじゃない、天罰天罰、とはしゃぐこともできない。
だいたい、逃げたら田野原のことを忘れてしまう。
忘れたら、椅子でがつんがつんと何度も頭を殴りつけようとか、焼酎のグラスに漂白剤を混ぜてやろうとか、考えられない。暗い路地裏で背中にナイフを突き立てたり、階段から突き落とすシミュレーションしたり、できないでしょう。
そんなのもったいない。
だから、メールした。
友だちの友だちの、そのまた友だちのつてを頼ってメールした。
「田野原、いつ死ぬかな」
ふいにつぶやき、笑っていない口元から声がこぼれた。
ふふふ。ははは。
ふふふ。ははは。
ミライちゃんも、いつかこんなふうに笑えるようになるだろうか。
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