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そもそも迷惑メールだとしか思わなかった。
ある日の夕方突然きた、差出人不明の一通のメール。
開いてしまったのは制服を脱ぐ途中だったからで、わたしはブレザーから右腕を引き抜く瞬間、あやまってそれを開封してしまっていた。
『一〇年前のわたしへ』
冒頭の文章に一瞬目が吸い寄せられる。
そのまま画面に釘づけになったのは、次の一文が目に入ったからだ。
『わたしは田野原先生を殺しました』
ざわ――と、心にさざ波が立ち、とっさにスマホの画面を閉じた。
ブレザーが床に落ちる。
ド、ド、と心臓が鳴った。
――なにこれ。
考えたのは、一瞬だった。
田野原先生。
あらゆる記憶からそぎ落としたはずの名前は、その瞬間、わたしの中の大事な「歯止め」をたやすく消し去った。
心がざわつくのを止められないまま、指先が再びメール画面を起動する。
『わたしなら覚えているでしょう』
――何を。
『まだあどけなかったあの頃』
――ああ、まだランドセルがピカピカだった頃。
『先生に、たくさん写真を撮られました』
――いけない、これは読んではいけないメールだ。
気づいたけれど、もう遅い。
『あの頃は写真を撮ってもらえることが嬉しくて』
震える指先で、
『モデルになったみたいな気分で』
血走った目で、
『りこちゃんと一緒に』
息を詰めながら、
『ただただはしゃいでいましたね』
――スクロールするのを止められない。
『いやらしい目で見られているとも、知らないで』
ガツ――と。
スマホを壁に投げつけることで、わたしはわたしを止めた。
息があがる。
汗がにじむ。
急に激しい吐き気を覚え、何度もからえずきした。
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