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心地よい木漏れ日の中、元々喋るのが好きな玉城は、取りとめもなく自分の仕事の話や世間話をしながら歩いた。
リクという青年は軽く相づちを打ち、時々小さな笑い声を立てながら玉城の話を聞いてくれた。
空気感が自然で、怪我をさせた相手を送る途中だというのに、まるで長年の友人の家に遊びに行くような錯覚を起こしそうになる。
別人のように、先ほどの刺々しさはどこにもない。
そして青年の家へと向かうその小路も、街路樹の緑が誘うように柔らかく揺れ、不思議なほど心が落ち着くのだった。
しばらく歩くと角地の狭い公園の横に、今時めずらしい平屋の小さな木造の家が見えてきた。
その前でリクは足を止めた。
洋風な造りではあったが、時代からポツンと置き去りにされたような寂れた家。
いかにも手作りという感じで塗られた白いペンキは、所々剥げかかっている。
「・・・レトロだね」
玉城は遠慮がちに言った。
「古い家でしょ? 家って言うより小屋って感じだよね。昔は雑貨屋の店舗だったらしいよ。今、大家さんに取りあえず借りてるんだ。どうせちょくちょく引っ越しちゃうから」
この家は土足でいいからね、と付け足した後、リクは年期の入った真鍮のドアノブをまわして中に入った。
“そうか、ピアノを弾くにはこんな一軒家の方がいいのか”
そう思いながら中に入ると、そこはガランとしたフローリングの部屋だった。
奥にキッチンと、隣の部屋に続くドアが一つ。あとはパイン材のテーブルと椅子と棚以外、本当に何もない。
けれど何か変わった臭いがする。
何か懐かしいような、落ち着くような。
だが、ピンと来ない。
「ピアノが置いてあると思ったんだけど、何もないんだね」
玉城は素直に感想を言った。
「ピアノ? なんでピアノ?」
「え? だってピアニストだって・・・」
「そう?」
リクは曖昧に笑った。
「ピアノなんて弾いたこともないよ」
「へ? あれ? 聞き間違いかな?」
「きっとそうだよ」
可笑しそうに笑うリクに何となく恥ずかしそうに笑い返して、玉城は抱えていた大きな荷物を壁際に置いた。
「じゃあ、何やってる人? 一カ所にいられない仕事?」
玉城がそう聞いた瞬間。
まるで小動物が何か物音に反応して耳をピンと立てる時のように、リクは視線だけ動かして一瞬体を強ばらせた。
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