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どうにも妙な気分になってきて玉城はゆっくりとパイン材の椅子に腰掛けた。
「俺はここで何してんだろうな」
散らばったリンゴの皮の残骸を片づけながら、呆れたようにリクが答える。
「それは僕が聞きたいよ」
「……そりゃそうだ」
自分の言ったことが可笑しくて玉城は笑った。何だかどっと疲れた気がする。
この青年の波長は、どうも自分の波長を狂わせる。
椅子に座ったまま、何となく部屋を見渡してみた。
昨日来たときの臭いはもうしない。
必要最低限の生活用品しかないリビングダイニング。
生活感のない部屋。
生活感のない住人。
「リクは何の仕事をしてるんだっけ?」
玉城が不意に訊くと、キッチンに引っ込んでたリクが顔を出した。
「ぼく?」
「うん。こんな昼間に家にいるからサラリーマンじゃないんだろ?」
リクは愛嬌のある目をくるりと動かし、一瞬何かを考えるような仕草をしたあと、玉城を見て答えた。
「フォトグラファー」
「え? そうなの? それじゃあ形態が俺と似てるよね。やっぱりフリーで何処かの広告代理店と契約したりしてるんでしょ? 雑誌社かな? それとも事務所に登録とか?
どっちにしても厳しいよねえ。俺なんか月刊誌の連載もの担当してたのにその雑誌ごと廃刊になっちゃって。あれはないよね。予定してたスケジュールがズッポシ空いちゃって……」
ガンガン喋りながら目をやると、リクは窓の外をボーッと見ている。
人の話など、まるで聞いていない。
「……ねえ」
玉城が小さく言うと、青年はゆっくり振り向く。
「え? 何?」
「いや、何って事はないんだけど」
どうも、すべてがしっくり来ない。
話をしていても噛み合わない。
本気なのかジョーダンなのか、まるで分からない。
もし仕事でこんな男の取材を任されたらお手上げかもしれない。そう思った。
「急にお邪魔して悪かった。どっか具合悪いとこ出てきたら、俺ちゃんと治療費出すから連絡してね」
少し事務的に言うと玉城は椅子から立ち上がり、玄関ドアまで歩いた。
「帰るの?」
後ろから声がした。
玉城は咄嗟に振り返って青年の顔をじっと見た。
気のせいか、何かに酷く怯えているように聞こえたのだ。
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