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「……なんでもない。心配してくれてありがとう」
気のせいだったのだろう。
リクは普通にニコッと笑った。
そして、「玉ちゃん、いい人だね」と、付け加えた。
玉城は思わず笑い出した。男に言われてもちっとも嬉しくない。
逆にゾワゾワして居心地悪い。
「俺の不注意だからね、当然の対応でしょ。打ち所が悪かったらこんなことじゃすまなかったし。あ、俺しばらくはこの近くでずっと仕事してるから、また顔出すよ」
玉城はそれだけ言うと、その家を後にした。
仕事……か。まあ、仕事には違いない、と自嘲気味に笑った。
まあ自分の仕事も説明しがたいものがあるが、けれど、リク。
あいつの仕事はたぶんフォトグラファーなんかじゃないな。
玉城はそう思った。
仕事柄、フォトグラファーの知り合いは何人かいたが、電話も携帯も何のネットワークも持たずに、食っていけるだけの仕事をこなせる奴などいない。
それに見た所、あの部屋にはそれを匂わせるものは何一つなかった。
何のためのウソなのか分からなかった。
仕事を教えたくないのならそう言えばいい。単に口からでまかせを言ってしまう癖なのだろうか。
嫌な感じは全くしないが、やっぱりどうにもよく分からない男だ。
やわらかい木漏れ日の中を、そんな取り留めもないことを考えながら玉城は来た道を歩いた。
体にまとわりついていた、どこか異次元のような奇妙な空気感が、歩くごとに剥がれ落ちていく。
大通りに出るともうそこは一瞬にして喧噪にまみれた慌ただしい日常の世界だった。
世知辛く、厳しく、よそよそしいの現実の世界。
さっきまで居た場所はなんだったんだろう。
あの家へ行く途中のどこかに日付変更線ならぬ、次元変更線でもあるのかもしれない。
そんな馬鹿馬鹿しい事を思う自分に呆れながら、ようやく玉城は、田宮に依頼された「人探し」に取りかかることにした。
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