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それはまるで、見つめていると風の音が聞こえてきそうな、神秘的な少女の絵だった。
信号待ちの間、何気なく視線を移した画廊の中にその絵を見つけ、玉城(たまき)はブレーキの効きにくい自転車を足で止めながら暫し心を奪われた。
日だまりのような淡く光るワンピース、空気に溶けてしまいそうな白い肌、黒い瞳、亜麻色の髪。
街の喧噪も消えていくような気がした。
けれど今の彼は悠長に絵を眺めていられるような状況ではない。
街金に借りたお金の返済期限は今日まで。
50万という金額は、収入が不安定なフリーライターの玉城には、かなりな大金だ。
もちろん無計画に借りたわけではなかったが、当初の予定だった仕事にキャンセルが入り、まるきり返済計画が狂ってしまったのだ。
街金と言ってもヤクザではない。頼み込めば何とかなるかもしれないと、祈るような思いで玉城はガタの来た自転車を走らせた。
「はあ? あと2週間待てとおっしゃいましたか?」
薄暗い店舗内で坊主頭の従業員が玉城を見据え、引きつるように笑った。
『グリーンライフローン』。爽やかなのは借す時の接客と、名前ばかりなのか?
玉城の笑顔も引きつった。
「すみません、それまでには原稿料が入ってくるはずなんです。半分は返せると思うんです」
・・・思えば、あの詐欺に合ってなければこんなところで金なんか借りなくて済んだ。
玉城は一ヶ月前に起きた災難を腹立たしげに思い出していた。
『当たり屋』なんてものが本当に存在するなんて、まして自分が被害に遭うなんて思っても見なかった。
仕事仲間に車を借りて取材先まで行く途中の路地で、その当たり屋は車の前に飛び出してきたのだ。
その中年男は、緩いスピードで徐行していた玉城の車の前でひと跳ねした後ごろんと寝転び、役者顔負けの演技で被害者を装った。
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