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「どうしてももう一度近くでちゃんと見たくて、今日来たんです。到底買える値段じゃないとは思ってたけど、やっぱり売れてしまってるのを見たら、なんかガッカリで……。せめて作者の事がわかったらな~なんて思ったんです。すみません。ネットで調べても分からなくて」
本心と、わずかなウソを混ぜ合わせて食い下がる。
嘘をつくのは大っ嫌いで、頬の筋肉が少し引きつるが、とにかく早く仕事を終わらせたかった。
「そうでしょうとも。本当に良い絵を描くんです」
思いがけずオーナーは深く頷いて玉城の言葉に答えてくれた。
「あの少女の絵はいいでしょう? 本当に手放したことを後悔しました。最初に欲しいと言って来た老人は、絵の良さをまるで理解していないのに、ただ『譲ってくれ』ってしつこくてね。
作者の事をやけに聞きたがるし、私もちょっとへそを曲げてしまって、その方には丁重にお断りしたんですが、昨日になって、別の紳士に買い取られてしまいました」
結局は田宮老人の手に渡ったんだけど……、と玉城は少しばかり気の毒になりながらオーナーに頷いた。
よっぽどオーナーはそのMISAKIの絵に惚れているのだと、しみじみ伝わってくる。
これは一筋縄ではいかないかもしれない。
「実際のところ、彼が人物画を描くのも珍しいし、背景がやけに写実的で今までの作風とは違っていたんでね。画風を変えたのかと私も訊いてみたんですが、あの絵に関しては一切、何も答えてくれませんでしたよ」
「長いお付き合いなんですか? MISAKIさんとは」
「やっと最近です。彼をつかまえられたのは。画廊が生き残るには如何に新しい才能を見つけ出し、発掘するかですからね。粘りましたよ」
「人気ある画家さんなんですか?」
「ええ、そりゃあね。寡作だから彼の作品を待っている愛好家は常にしびれを切らしてます」
「……ごめんなさい。絵画については本当に疎くて。ちょっと残念だけど、そういう事ならオーナーから彼の事を訊くのは無理っぽいですね。そういう……なんていうか、人見知りの芸術家って、僕も仕事柄何人か知ってますし」
オーナーはニコリとした。
「彼は一度逃がしたら手に入らない。そっとしとかないと、気を損ねてどこかに飛び去っていく鳥みたいなモンです。
私は嫌なんですよ。その鳥を逃がしてしまうのが」
「鳥・・・・ですか」
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