第4話 探る

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ある程度予感はしていたが、やはり次の日も、その次の日も、その画廊に『MISAKI』は来なかった。 さすがに常に張り込むことは不可能だったし、彼が絵を持って訪れるのは営業時間以外の可能性も大いに考えられる。 いやもしかしたら絵の搬入というのはもっと高尚に、専門の配送員が持って来るものなのかもしれない……と、様々な不安が頭をよぎる。 彼のために開けてあるという、ガラス越しのあのスペースには今日も何も飾られていなかったし、見逃してしまった可能性は低いと思われたのだが、この仕事、成功しそうな予感がしない。 今日も日がな一日、向かいのテラスに座って玉城は何倍もコーヒーをお代わりした。 そのうち胃炎になるかもしれない。 近いうちに連絡を入れると言ってくれた出版社からの話もさっぱりだった。 グルメ月刊誌が廃刊になったのは仕方ないが、それでハイサヨナラとは冷たすぎる。 一緒に回ったフォトグラファーはすぐに別の仕事が付いたと知り、それも何だか気を滅入らせる。 フォトグラファー・・・。 そう言えばあの偽フォトグラファーはどうしてるだろう。連絡もない。 手は大丈夫だろうか。ちゃんと仕事に行けてるのだろうか。 そう思った瞬間、ナイフを落とした時の映像が浮かんできた。玉城は咄嗟に立ち上がる。 まだ手の具合が悪くて、うまく仕事ができないなんてことはないだろうか。 もしそうだとしても、あの青年は玉城に連絡を寄越したりはきっとしないだろう。 玉城はセルフのトレーをあわてて片づけると、あの家を目指して足早に歩き出した。 風が動き出した。 朝から雲で覆われていた空はゆっくりと青空を覗かせ始め、ケヤキの緑の隙間からは心地よい木漏れ日が揺れる。 テラコッタの屋根。白いペンキの剥げかかったあの古い家が見え始めると、何故か心がゆったりと落ち着いて行くのを感じた。 今、変更線を越えたのかもしれない。 辺りは小さな小鳥のさえずり以外は何も聞こえない。 多少罪悪感はあったが、玉城は前と同じようにカーテンも何もかかっていないガラス窓から、中をそっと覗き込んだ。 雲の切れ目から差し込む光の筋がくっきりと部屋の中を照らし出し、中にいる人物を浮かび上がらせた。
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