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『彼は、そっとしとかないと何処かに飛び去ってしまう、鳥みたいなもんです』
画廊のオーナーの声が脳裏に浮かんだ。
このドアを開けたら、あの嘘つき鳥は気を損ねて飛び去ってしまうだろうか。
玉城は年代を感じさせる真鍮のドアノブに手をかけた。
思った通り鍵などかかっていない。ドアはキイと微かな音を立てて開いた。
ハッとしてリクがこちらを向く。
ドアから飛び込んで来た光に眩しそうに目を細めた。
「鍵、かけないと。不用心だよ」
玉城はさりげなくそう言うと部屋に入って行った。
こんな偶然があるだろうか。
そう思う反面、玉城は不思議と全てのピースが収まったようなしっくりした気分だった。
「玉ちゃん以外に、そこから勝手に入ってくる人はいないよ」
リクは長年の知り合いのように部屋に入ってきた玉城に微笑んだ。怒ってはいないようだ。
初めて来た時に玉城が気がついたあの特殊な臭いの正体がこれだったのだ。
油絵の具のオイルの臭い。
リクはそれ以上玉城を気にとめるでもなく、ゆっくりと筆を動かした。
キャンバスの上では深い青を基調とした背景に、あの少女がやはり寂しげな様子でたたずんでいる。
アングルが前と違うが、背景の雑木林の様子も、見え隠れする遠くの建物までリアルに描き込まれている。
実際にある場所なのか、想像上の景色なのか、玉城にはもちろん分からない。
「手、まだ痛む?」
聞きたいことがありすぎて、何から手を付けていいか分からない。
「平気」
ぽそりとリクが答える。
取りあえずバードウオッチングの必要が無くなった事と、借金から救われるであろう事の安心感で、玉城は開放感に満たされた。
それと同時に、目の前の、このつかみ所のない青年への興味が溢れてきた。
「絵描きさんなんじゃない。ピアニストでもフォトグラファーでもなく」
「そんなこと言った?」
「言った」
「絵は……ただの趣味だよ」
「それも嘘だよね。『MISAKI』さん」
その言葉にリクは一瞬手を止め、色の薄い琥珀の瞳で玉城をじっと見た。
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