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「だって玉ちゃん、見たじゃないか」
「何を!」
「幽霊を」
「何言ってんの。いつだよ」
「僕たちが出会った日だよ」
「は? あの日何を見たって言うんだよ」
「僕を追いかけてきたスーツの女、見たんだろ?」
「スーツの女?そりゃあ見たよ。だけどそれがどうしたんだよ」
玉城は眉間に皺を寄せてリクを睨んだ。
しかし、すでに背中がゾクゾクし始めている。とてつもなく嫌な予感。
リクはニヤッと笑って玉城をチラリと見た。
「ほらね……玉ちゃんも見えるんじゃないか」
玉城の全身にぞぞぞっと悪寒が走り抜けていった。
「そ……そんな……あの女が?」
全身から今度はじわりと嫌な汗が出てきた。
けれどリクはもうその話に興味を失ったように前を向き、キャンバスに細い筆を走らせた。
絵の中の少女の栗色の髪に艶やかな光が宿る。
今にも何か語りかけて来そうな少女の唇、頬、瞳……。
「……もう、その子は死んでるってこと?」
玉城は恐る恐る聞いてみた。
「そうだと思うよ。詳しい事情は何も聞かないから、彼女も何も答えないけど。僕は彼女が見せる映像をただそのまま描いてるだけ」
リクは抑揚のない声で言う。
そんな事ってあるだろうか。
玉城は混乱する頭を整理出来ずにいた。
少女は死んでいる。霊となって現れたところを描かれた。
どうやってそんな報告を小宮にすればいいのだろう。
いや、報告するべきなのかも疑問だ。知らない方が幸せだということもある。
「玉ちゃん」
考え込んでいるところを呼ばれ、玉城はビクリと跳ね上がった。
「え?」
「もう少しここに居てくれる?もうすぐ彼女、来ると思うんだ。一人じゃ怖いから、玉ちゃんも居てくれる?」
リクが真顔で玉城を見て言った。
「…………あっ、……あの、いや、オレちょっとね、まだ仕事の途中なんだ。悪い! ごめんね。また来るから。がんばって!」
リクに目を合わせたまま玉城はじりじり後ずさる。
今日は絵の道具やキャンバスが床に無造作に置いてあるのでそれらに何度も躓き、転けそうになりながら玄関ドアまで辿り着くと、玉城は出来るだけ大きな声で“じゃあ!”と叫び、振り向きもせず外に飛び出して行った。
室内はシンと寒々しく静まり返った。
リクは玉城が飛び出して行ったドアを見つめながらほんの少し笑うと、疲れたように琥珀の目を伏せた。
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