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「あっ・・・ごっ、ごめんなさい! 本当にすいませんでした。僕の不注意で・・・。怪我しませんでしたか?」
とにかく青ざめながら玉城は必死で男に謝った。
自分が人に怪我をさせてしまうなんて事は、彼の穏やかな人生の中に無かったことなのだ。もちろん、あの当たり屋の事故は論外だ。
その男は、そんな様子の玉城をしばらくじっと見ていたが、やがて少し笑いながらポツリと言った。
「君さあ、簡単に謝っちゃダメだよ」
「・・・えっ?」
玉城は伏せていた顔を上げ、改めてその男を見つめた。
ブルー系のチェックのシャツにジーンズ。ゆるくウエーブした柔らかそうな栗色の髪。ほっそりとした顔立ちに美しいラインを描く大きな目。
あたりの光を映し込んだ色素の薄い琥珀色の瞳は、痛みのためか少し潤んでいる。
男の自分でもドキリとするほど、その男は中性的で魅力的な容姿をしていた。
まだどこか幼さが感じられるが、自分と同じ20代半ばくらいだろうかと玉城は思った。
「もし僕がタチの悪い人間だったらお金、巻き上げられてるよ。あのね、すぐに謝っちゃダメ」
そう言って男はニコッと笑った。
「は・・・はい」
その穏やかな笑顔に救われた気持ちになって玉城は思わず微笑み返した。
「でも、どうしようかな。・・・手首痛めちゃったみたい」
男の言葉に再び玉城はその笑顔を凍らせた。
「そ、そうなんですか?」
「うん、しばらく仕事できなくなるな」
「えええーっ。仕事、何されてるんですか?」
「しごと? ・・・ピアニスト」
「ピ・・・。大変じゃないですかっ! すぐ病院行きましょう!」
「病院ねえ・・・」
そう言いかけて男は“ハッ”と自分が来た方向を振り返った。
玉城もつられて振り返る。
その視線の先には小さな公園。綺麗に並んだツツジの木の横をスーツ姿でこちらに走って来る女が見えた。
美人の類には入るが、その表情はあまり穏やかではない。明らかに怒りに燃えている。
そして、でかい。
太っているというよりも筋肉質で、まるで女子バレー選手とレスリングの選手を合わせたような巨体だ。
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