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全日本テニス選手権女子シングルスが開催されている試合会場に行くと、決勝戦は終盤を迎えていた。
決勝戦の舞台に立っていたのは10年前の自分で、この舞台に立って必死に戦っていたことを思い出した。
試合の相手は、かつて私のテニスのコーチをしてくれた佐藤さんだった。
試合は、3セット目のゲーム6-5、10年前の自分が1ゲームリードしていた。
40-40のデュース後、レシーバ側の10年前の自分がアドバンテージを取っていた。
コート上には、苦しそうな表情をした10年前の自分が立っていた。
10年前の自分は、いつも一緒にテニスの練習をしてくれた父を1年前に亡くしたばかりで、この時は、精神的、肉体的に限界だった。
悲しみを乗り越えて、父と約束した全日本テニス選手権女子シングルスで優勝するために、1人で必死に戦っていた。
この時の苦しみは、私本人が一番良く知っている。
私は、父がよく着ていたジャージと帽子姿で、観客席の上段の目立つ場所に立った。
(気づいてくれるだろうか?)
私は、10年前の自分に向かって、父に代わって腕を大きく振ってサインを送った。
(相手の手首と足の向きをしっかり見て!
リターンエースをねらいなさい!)
10年前の自分が、私のほうを見ていることに気が付いた。
私は、10年前のこの時、父との秘密のサインを見て、落ち着きを取り戻したことを思い出した。
10年前の自分の表情が、何か思いを遂げるために引き締まった表情に変わったように感じた。
(もう大丈夫!
10年前の自分は、きっとやってくれる!)
私には、試合の結果は、わかっている。
役目を終えたと感じた私は、そっとその場を立ち去った。
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