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河嶋 志津希(かわしま しづき)。携帯の画面にはそう表示してあった。志津希は三つ子の真ん中。きっと葉津希のことだろう。奈津希はまたため息をついて電話に出た。
「もしもし。」
『もしもし。はーちゃん?今忙しい?』
志津希の気を使うような言葉はいつものことだ。奈津希はじっとしていられなくてやかんに水を入れた。
「大丈夫。忙しくないよ。」
『おばあちゃんから聞いたよ。喧嘩したんだって?はーちゃんと』
「…うん」
『どうしたの?喧嘩なんて滅多にしないのに…なんかあった?』
葉津希と喧嘩しただけで奈津希になにかあったのがわかるなんてきっと志津希だけだ。でもそれは三つ子だからとかではない。志津希は昔から人の感情をキャッチしやすい。すぐに今目の前の人がなにを望んでいてなにを求めているのか志津希にはわかる。そしていつも適切な言葉と行動をくれる。
『話したくないんだったら言わなくていいけど…なんでも相談してよ?家族なんだから。』
「うん…ごめんね。志津希。なんか俺最近なにもうまくいかなくてさ..それでイライラして葉津希に八つ当たりしちゃって」
奈津希はつい数時間前のことを思い出して泣きたくなってくる。ぐっとこらえてやかんに火をかけた。
『謝らないでよ。当たり前でしょ?…うまくいかないかぁ..珍しいね。いつもなんでも器用にこなすのに』
そうなのだ。いつもうまくいくことができなくなってもっとイライラして大きな失敗につながる。それでまた焦っての悪循環だ。
『なーちゃんはさ肩に力入りすぎなんだよ。力抜いて大丈夫。なーちゃんは自分で思ってるよりずっと凄いんだから。僕の自慢!』
「ありがとう志津希。」
『うんうん。本当は喧嘩なんてしたくなったんでしょ?はーちゃんもきっと分かってるから大丈夫。また三人でどっか行こうね。』
「わかった。父さんと母さんの命日もあるし近いうちにまた連絡するよ。」
奈津希が頑張れと言われると無理をして駄目な方向に進んでしまうのを志津希は全部わかってる。志津希の優しさが心に染み込んで少し泣きそうになる。胸が苦しくて制服のシャツをぎゅっと掴んだ。やかんがキューッと音を立てて奈津希は慌てて火を消した。
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